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東京地方裁判所 平成9年(ワ)24542号 判決 1998年9月24日

原告 X

右訴訟代理人弁護士 齋藤晴太郎

同 伊達弘彦

同 園部昭子

被告 昭和総合開発株式会社

右代表者代表取締役 A

右訴訟代理人弁護士 畑中鐵丸

同 高山征治郎

右訴訟復代理人弁護士 宮本督

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は、原告の負担とする。

事実及び理由

第一原告の請求

一  被告は、原告に対し、金一四四〇万円及びこれに対する平成九年一二月一八日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

二  仮執行宣言

第二事案の概要

本件は、被告が経営するゴルフクラブの個人正会員であった原告が、右ゴルフクラブの資格保証金の据置期間が経過したとして、被告に対し、右保証金の返還を請求した事案である。

一  争いのない事実等(争いのある事実については、括弧書きで証拠を示す。)

1  原告は、昭和六二年一二月一七日、訴外関越総業株式会社(以下「訴外会社」という。)との間で、同社の経営する小幡郷ゴルフ倶楽部(以下「本件ゴルフクラブ」という。)に正会員として入会する旨の契約を締結した(以下「本件会員契約」という。)。原告は、同日、訴外会社に対し、個人正会員資格保証金(以下「預託金」という。)として金一四四〇万円を預託し(以下「本件預託金」という。)、会員資格を取得した。

2  本件ゴルフクラブの会則(以下、単に「会則」という。)六条によれば、預託金は、会員資格取得後一〇年とし、その後退会を条件として請求がある場合は、理事会及び取締役会の承認を得て返還するものとするが、天災、地変その他クラブ運営上やむを得ない事情があると認めた場合は、理事会及び取締役会の決議により返還の時期、方法を変更することがある、とされている(乙一の2)。

3  被告は、平成三年一二月一八日、訴外会社を吸収合併し、本件会員契約に基づく訴外会社の権利義務を承継した。

4  原告は、平成九年一〇月一六日、被告に対し、本件ゴルフクラブの退会の申し出をするとともに、原告の会員資格取得後一〇年を経過した日の後である同年一二月一九日限り本件預託金を返還することを請求した。

5  本件ゴルフクラブ理事会は、平成九年四月一五日、本件ゴルフクラブ運営上やむを得ない事情があるとして、預託金の据置期間を最長一〇年間延長する旨の決議をし、その後、被告の取締役会は、右据置期間の延長を五年間とする旨の決議をした(乙二、三、一一、一二。以下「本件延長決議」という。)。

二  争点

1  会則六条に基づく預託金据置期間延長の可否

(被告の主張)

本件延長決議は、いわゆるバブル経済の崩壊及びその後のデフレ現象という、著しい経済事情の変動により、ゴルフ会員権の市場価格の暴落、さらに、企業の接待交際費等の抑制から企業等によるゴルフクラブ利用回数も減少したことによる収益の激減とを背景に、据置期間経過後全ての会員が一時期に集中して預託金の返還を請求してくる状況を考慮し、仮にそうなれば被告の経営は破綻に陥る可能性もあること、その場合、預託金返還請求権はもとより、ゴルフ場施設優先的利用権(プレー権)さえ保護されない事態になることを慮って、やむを得ず預託金据置期間の延長を決議したものである。また、被告は、ゴルフ会員権の将来の市場価格を予測した上で、預託金額が市場価値を下回らないように預託金の額を設定することにより、会員が投下資金の回収を市場におけるゴルフ会員権の売却によって図ることを期待し、預託金返還請求の発生を回避することを意図していたのであって、現実に預託金の返還請求を受けるということを想定していなかった。にもかかわらず、バブル崩壊によりゴルフ会員権の市場価格が暴落したため、預託金返還請求が殺到する事態に立ち至っているのである。このような事態は、被告及び会員を含め誰にも予測できなかったことであって、会則六条に規定する「ゴルフクラブの経営上やむを得ない事情」に該当する。また、本件延長決議は、内容的にも、延長期間を五年間という比較的短期に設定する一方、早期に投下資本の回収を願う会員の便宜を考慮して会員権の分割(預託金額を数口に分け、その分割した金額を預託金返還請求権とする数口の会員の地位に変更するもの。ゴルフ会員権の市場価格は、会員の種類が同一である限り、預託金額の多寡による差はほとんどないため、分割により預託金の額とゴルフ会員権の市場価値との差額が減少することになる。)等の代償措置を講じるなど、可能な限り会員の利益にも配慮した合理的なものであること、被告は、会員の自宅を個別に訪問して説明にあたり、その同意を得られるよう努め、現在までに本件延長決議につき約二〇〇名の会員に対して賛否を調査したところ、八割以上の会員の合意を得るに至ったことなどからすれば、その有効性が認められるべきである。

(原告の主張)

入会申し込み時に会則を承認したことをもって、その後の一方的な据置期間延長の決議に拘束されるものではない。会則六条の規定は、事情変更の原則による本件会員契約の内容の改定権であり、「契約は守られるべし」という原則が基本である以上、この規定が適用される場合は極めて例外と位置づけられるべきであって、その適用要件も厳格に解さなければならず、その文言からいっても、天災、地変に準ずるような事情の変更が要求されるべきであって、単に経済状況に変化が生じた場合にまで据置期間の延長を認めるものではない。会則に定める据置期間を延長することは、会員の契約上の権利を変更することにほかならないから、会員の個別的な承諾を得ることが必要であり、承諾を得ていない会員に対しては、据置期間の延長の効力を主張することはできない。据置期間の延長は、会員の本質的権利の制限であるから、少なくとも会員の絶対的多数による事前の合意が不可欠であり、かつ、その旨会則に規定されていることが必要である。会員である原告に何ら発言する機会を与えないまま、一方的にしかも無利息で預託金の返還期限を延長しようとする被告の行為は、それ自体権利濫用のそしりを免れない。

第三当裁判所の判断

一  本件ゴルフクラブは、いわゆる預託金会員制のゴルフクラブであって、本件会則(乙一の2)は、本件ゴルフクラブの経営主体である被告と、本件会則を承認して本件ゴルフクラブに入会した各会員との間の権利義務関係を規律するものと解されるところ、本件会員契約締結の際、原告において、本件会則を承認の上入会を申込むとの趣旨の記載の下に署名押印したこと、その際、裏面に本件会則の内容が記載されている入会申込書の交付を受けたことの各事実は当事者間に争いなく認められ、右各事実によれば、原告は、本件会則を承認して本件ゴルフクラブに入会したものと認められるから、原、被告間の権利義務関係は、本件会則の内容により定められるものというべきである。

二  ところで、本件会則六条には、預託金は、会社(被告)に預託し、会社(被告)は、これに関する一切の責任を負うこと、預託金は、会員資格取得後一〇年間据え置き、利息はつけないこと、その後退会を条件として請求がある場合は、理事会及び取締役会の承認を得て返還することがそれぞれ定められ、さらに、「但し、天災、地変その他クラブ運営上やむを得ない事情があると認めた場合は、理事会及び取締役会の決議により返還の時期、方法を変更することがある。」との定め(以下「本件但書」という。)が存在する。

原告は、本件但書について、天災、地変に準ずるような著しい事情の変更が生じた場合に限られ、経済状況の変動は含まれないと解すべきであると主張する。しかしながら、「クラブ運営上やむを得ない事情」とある規定の文言からは、当然に経済状況の変動等の場合を一切排除する趣旨と解することはできず、むしろ、右文言の通常の解釈としては、契約締結時において容易に予見し難かった著しい経済状況の変動により一時的に被告における預託金返還資金の調達に困難を生じた場合等をも含まれるものと解する方が自然である。したがって、経済状況の変動を理由とする場合には本件但書を適用する余地が一切ないとの被告の主張は、採用することはできない。

しかしながら、他方、一般に預託金会員制のゴルフクラブに入会するにあたって入会希望者が経営会社に預託する預託金は、年会費やプレー料金等と比較しても相当高額であること、右のように高額な預託金を交付してゴルフクラブに入会する会員にとっては、将来の預託金返還請求権は、ゴルフ場の施設利用権と並んでゴルフ会員権の基本的かつ重要な内容をなす権利であるというべきであること、預託金の据置期間の延長は右のような会員の基本的かつ重要な権利に制限を加えるものであること等に鑑みれば、本件但書により据置期間が被告の一方的な判断により安易にかつ長期にわたって延長され、事実上預託金返還請求権を放棄するに等しい結果を招来するおそれを生ずる事態は、入会契約当事者の想定しないところであり、その通常の意思に合致しないものといわなければならない。

そうしてみると、本件但書の趣旨は、預託金会員制ゴルフクラブが会員からの預託金をもってゴルフ場建設及び運営資金に充当しているものであることから、天災地変のほかに、入会契約締結の時点において当事者に予測困難な著しい経済状況等の変動が生じた結果、会員からの返還請求が予想を超えて一時期に集中するなどしたため、これに応じて預託金を返還すると被告の経営そのものに重大な支障が生じるおそれがあるような場合が生じうることを慮って、そのような場合に、最終的な手段として、預託金返還請求権を実質的に無に帰せしめない限度で一時的に据置期間の延長ないし分割支払等の方法を講じることもありうる旨を規定したものと解すべきであり、それが当事者の合理的意思にも、また、本件但書の文言にも合致するものというべきである。右のような趣旨からすれば、本件但書による据置期間延長の決議は、入会契約締結の時点において当事者に予測困難な著しい経済状況等の変動が生じたこと、その結果、会員からの請求に応じて預託金を返還すると被告の経営に重大な支障を生じるおそれがあることを前提として、これを避けるために会員の基本的権利に対する影響がより軽微な措置を可能な限り講じた上で行われたものであり、かつ、その内容が、期間ないし方法の点で合理性を有すること、すなわち、延長が会員の預託金返還請求権を事実上失わせるに等しいような長期にわたるものではなく、延長後に預託金の返還を受けられることが合理的に期待可能であることを要件として、その有効性を認められると解するのが相当である。

三  そこで、本件延長決議の有効性につき検討するに、証拠(乙五ないし一二)によれば、本件入会契約が締結された昭和六二年一二月一七日以降、いわゆるバブルの崩壊によりゴルフ会員権の市場価格が暴落し、平成九年ころ当時、本件会員権の市場価格も預託金額に比してはるかに低い水準で推移していたこと、もともとゴルフ会員権の市場価格は経済状況の変化に伴い変動することが予定されているものではあるが、右のようなゴルフ会員権価格の暴落は、その範囲及び程度において昭和六二年当時の通常の予測をはるかに超えるものであったこと、そのため、当初本件ゴルフクラブの会員を募集した昭和六二年ころから一〇年を経過した時点で、当初の予測を超える多数の会員からの預託金返還請求が一時に集中して行われる可能性が高まったこと、その場合、これら返還請求にそのまま応じることになれば、本件ゴルフ場の運営資金に窮することとなり、ひいては本件ゴルフクラブの経営そのものが破綻するおそれがあったことの各事実が認められる。これらの事実に照らせば、本件延長決議の時点で、当事者において本件入会契約締結当時には予測困難な著しい経済状況等の変動が生じ、その結果、会員からの請求に応じて預託金を返還すると被告による本件ゴルフクラブの運営に重大な支障を生じるおそれがあったというべきである。また、<証拠省略>によれば、被告は、経済状況の悪化に対応して、キャディの削減、クラブハウスの人員削減、系列ゴルフ場の管理一元化等による経営合理化や、ゴルフ場の休日稼動等、一定の経営努力を重ねてきたこと、被告は、本件延長決議と併せて、会員権の換金価値を少しでも高めるため、本件ゴルフクラブの各会員に対し、被告の系列ゴルフ場であるサイプレスカントリークラブ(以下「サイプレス」という。)のゴルフ会員権を一口提供するかたちでゴルフ会員権の分割を行うこととしたこと、被告の従業員らが本件ゴルフクラブの各会員らを順次訪問し、「クラブ運営上やむを得ない事由」があるとして会員権分割及び据置期間の延長につき了承を求めたところ、平成一〇年七月の時点で、会員合計約九〇〇名のうち約二七〇名について訪問及び説明を終了し、その七八パーセントにあたる約二一〇名の了承を得られたことの各事実が認められ、これらの事実に照らせば、被告は、据置期間の延長のみならず、これに先立ちもしくはこれと併せて、経済状況の変動に対する対策も講じた上で本件延長決議に踏み切ったものということができる(本件ゴルフクラブの会員の割合的多数が被告の説明を聞いてこれを了承したとの事実からもこのように評価することができる。)。そして、本件延長決議による据置期間は五年間であるところ、これは、当初の据置期間(一〇年間)を前提としてみれば、必ずしも入会契約当事者の予測を超える長期間とまでいうことはできず、また、延長期間経過後の預託金の返還については、前記のとおり会員権の分割により市場価格と預託金の額との差額を減少させたり、売上の増加及び経費節減に努める一方で、新たに、本件ゴルフクラブを含む被告経営の三種類のゴルフ場が利用できる隔日会員権を募集することを決ある(乙二、三、一一)などしていて、これらの諸事実に照らせば、五年間の延長期間経過後に本件預託金の返還を受けることが合理的に期待可能であると認められる。

四  以上を総合すれば、本件延長決議は、本件会則六条に規定する「クラブ運営上やむを得ない事情」による据置期間の変更として、その有効性を認めることができるものというべきである。したがって、原告の本件預託金の据置期間は、当初の据置期間満了日の翌日である平成九年一二月一八日から五年間延長されたことになるから、いまだ本件預託金の返還期日は未到来であって、原告の本訴請求は、理由がない。

(裁判官 増森珠美)

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